1 概要
(1)内政:ブドゥー副大統領の汚職疑惑(チコーネ事件)が当地で大きく報じられた。9日にブドゥー副大統領に対する予審尋問が行われ,同副大統領は27日に訴追された。
4日,フェルナンデス大統領は3種の新予防接種と年金モラトリアム(支払猶予)を発表した。
(2)外交:7月に予定されていたラホイ西首相の訪亜準備を目的にグラシア西国際協力イベロアメリカ長官が訪問した(しかし、ラホイ首相の7月の訪亜は中止された)。フェルナンデス大統領及びティメルマン外務大臣がボリビアを訪問し「G77+中国首脳会合」に出席した。
2 内政
(1)ブドゥー副大統領の汚職疑惑(チコーネ事件)
9日,チコーネ事件(末尾注)と呼ばれる汚職疑惑で,ブドゥー副大統領に対する予審尋問が行われ、翌10日以降、その他の事件関係者に対して尋問が行われた。その結果,27日,リホ判事は,ブドゥー副大統領(当時は経済大臣)が,チコーネ社の株式の70%を賄賂として受領した容疑と,同社の買収に当たり「(公務遂行とは)相容れない取引(Negociacion incompatible)」を行った容疑の2点で,同副大統領を訴追した。
本訴追においては,同副大統領の議員不逮捕特権が主張できないこと(注:副大統領は上院議員長を務めるものの,国会議員ではない)を明示するとともに,20万ペソの差し押さえを命じた。
訴追後,副大統領側の弁護士は,今次訴追に対する抗告の準備を開始した。
現職の副大統領が,汚職疑惑により訴追されるのはアルゼンチン史上初めてとされる。
野党は,リホ判事による訴追を賞賛し,ブドゥー副大統領に対しては辞任を要求し,辞任しない場合,政治訴追の用意があることを表明した。
(2)社会保障等の政策拡充
(ア)3予防接種の追加
4日,フェルナンデス大統領は,ロタウイルス,水疱瘡,髄膜炎のワクチン予防接種の義務づけを発表した。摂取開始は,ロタウイルスと水疱瘡は,2015年1月より,髄膜炎菌は2015年6月からとなった。ロタウイルスに約1,200万米ドル,水疱瘡に約1,000万米ドル,髄膜炎に約6,000万米ドルで,計約8,200万米ドルの年間予算が投じられる。これらの病状による死者は年間約75名に上り,その多くが幼児であることから,摂取の対象となるのは約2歳未満の幼児で,来年1年間の摂取人数は約150万人と推定されている。本発表にて,フェルナンデス大統領は,予防接種ワクチンの種類が,2003年に6種類だったのに対し,2015年には19種類に増加したことを付け加えた。
(イ) 新年金モラトリアムの導入
4日,フェルナンデス大統領は,3予防接種の義務化の発表と同じくして,新年金モラトリアム(支払い猶予)を発表した。2005年に社会包摂計画(Plan de Inclusion Social)の一環として,キルチネル前大統領が年金モラトリアムを制定して以来,初めての改定となった。
アルゼンチンの年金は,まず退職者年金(Jubilacion)と障害者・遺族・老齢擁護・母子家庭等年金(Pension no Contributiva)(以降,「Pension」で表記)と区別されている。退職者年金は男性65歳,女性60歳から支給が可能となるが,退職者年金が支給されるためには30年間の所定金額の事前支払いが必要となる。2005年のモラトリアムは,1993年末までの間に不払い分があった者について,その期間の掛け金を国が代わりに負担して,年金を受給できるようにするという措置であった。このモラトリアムにより年金受給の対象となった者は,所定年金額から一部減額された年金を受給することができるようになった。
今回のモラトリアムでは,支払い猶予期間,受給対象者,Pension受給者の扱いの3点に変更があった。
まず,支払い猶予期間は,これまでの1993年末から2003年末までに引き延ばされた。この理由として,2003年末までは,年金制度の一部民営化(当館注:退職者年金は1994年までは賦課方式の公的年金だけだったが,1994年〜2008年の間,加入者はその公的年金か,民間積立方式年金かを選択できるようになった。なお、2008年に後者は廃止された。)により年金未納者が増加し,さらに2001年のデフォルト(債務不履行)により失業率が高まり,雇用が不安定になった結果,年金未納率が高まった時期であったことが挙げられた。
次に,受給対象者は,年金受給の最低年齢になれば,支払い猶予対象期間を含めて30年の支払い歴があれば誰でも受給申請とその後の受給が可能となった。変更以前は,受給直前の10年間の勤労と受給直前の8年間で最低5年間の年金支払いをしていることが前提条件であったが,それも取り払われた。
最後に,Pension受給者は,Pensionの他,対象となる場合は,自身の退職者年金を支給最低額(2014年6月時点では2,757ペソ)分受け取れるようになった。変更以前は,退職者年金は支給されていなかった。
新モラトリアムの恩恵は約47万人にわたるとされ,全国の年金受給対象者のうち,受給率は66.1%から93.8%になると,国家社会保証機構(ANSES)は試算している。5日,キシロフ経済大臣は,支払い猶予として国が負担するとされる年数は,平均して17.3年分,国家財政負担分は,約120億ペソに上ると発表した。
(ウ)新車購入補助プログラム(Pro.Cre.Auto)の導入
26日,フェルナンデス大統領は,自動車販売の深刻な低迷を受けて,新車購入補助プログラム(Pro.Cre.Auto)の導入を発表した。同プログラムは,新車の購入を希望する者に,優遇金利での貸付けを行うものであり,具体的には,新車費用の90%までを融資し,60ヶ月かけての分割支払いを認めるというものである。ジョルジ産業大臣によれば,次の1年で,自動車企業の生産量は,総計約70万台にまで回復が見込まれる,とされている。
(3)労働組合の動き
4日,自動車の生産量が減少したため工場稼働を止めていた自動車部品会社のGESTAMP社が,稼働を再開した。ただし,同社は自動車の不安定な需要から部分的な稼働とレイオフを繰り返しており,自動車労働組合は同社にレイオフ中は賃金の80%の支払いをするよう要請した。
その他,複数の労組が労使間協議を行い,賃金引き上げが以下の通り決定した。
(ア)バス労働組合: 30%
(イ)金属労働組合: 約30%
(ウ)飲食業労働組合: 35%
(エ)鉄道労働組合: 28%
(オ)トラック労働組合: 33%と,3000〜4000ペソのボーナス
(カ)治安部隊組合(連邦警察,国境警備隊,水上警察,州警察,空港警察): 賃金表の改定
3 外交
(1)ホールドアウト(残存債務)裁判
16日,ホールドアウト問題に関し,亜政府による米国最高裁判所への上告申立てについて,同裁判所はそれを受理しないことを決定した。これを受け,2013年8月の米控訴裁判所にての判決(第一審は,2012年2月ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所のグリエサ判事による判決)が確定し,亜政府は,元本削減を伴う新債権への交換に応じた債権者に対する利払いの事前または同時に,債券交換に応じていない原告(NMLファンド)に対し,旧債権の額面の100%(13.3億ドル)と利子の支払いを行うことが命じられた。
同日,フェルナンデス大統領は国営放送における演説の中で,同判決を「ゆすり」と表現した。また,債券交換に応じた約92%の新債権保有者に対しては,テクニカルデフォルトを起こさない旨述べた。20日,同大統領は,演説において,新債権保有者への義務を果たすべく,原告を含めたすべての債権者に対して支払いをする旨発言し,原告と交渉する姿勢を見せた。
26日,亜政府は新債権保有者への利払い(約8.32億ドル)のために,5.39億ドルをニューヨーク・メロン銀行が持つ亜中銀の口座に入金したが,翌日27日,グリエサ米判事は,メロン銀行に対し,支払金の返還を命じた。30日の支払い期限までに,新債権者への支払いは行われず,亜はテクニカルデフォルトまで30日間の猶予期間に入った。
(2)FIFAワールドカップ
12日,ブラジルでFIFA主催サッカーワールドカップが開催された。アルゼンチン代表はFグループで,15日ボスニア・ヘルツェゴビナ戦(於リオデジャネイロ)を2対1で勝利,21日イラン戦(於ベロ・オリゾンテ)を1対0で勝利,25日ナイジェリア戦(於ポルト・アレグレ)を3対2で勝利し,決勝トーナメントに1位通過を決めた。(7月に,決勝トーナメントを勝ち進み,準優勝を果たした。)
(3)G77+中国首脳会合
15日,フェルナンデス大統領は,ボリビアのサンタクルスにて開催された「G77+中国首脳会合」に2時間遅れで参加した(14日の夕食会及び15日の首脳会合前に行われた合同写真撮影を欠席し,首脳会合が終了する5時間前には会場を後にした)。なお,同会合には,ティメルマン外務大臣をはじめバステイロ在ボリビア亜大使等が終始参加していた。フェルナンデス大統領は,同会合において,米国でのホールドアウト(残存債務)問題裁判及び,フォークランド(マルビナス)諸島領有権問題の2点を中心に取り上げた26分の演説を行った。
今次首脳会合の際,フェルナンデス大統領は,ラウル・カストロ・キューバ国家評議会議長とのみ二国間会談を実施した他,潘国連事務局長,ソマビア元国際労働機関事務局長(チリ外交官),マドゥーロ・ベネズエラ大統領と挨拶を交わした。
(4)フォークランド(西語名:マルビナス)諸島領有権問題
(ア)マルビナス及び南大西洋諸島博物館開館
10日,南大西洋に対する亜の権利表明の日に伴い,フェルナンデス大統領は,マルビナス及び南大西洋諸島博物館を開館した。同開館式展での演説においてフェルナンデス大統領は,「南大西洋における英国の植民地主義の最後の名残を断ち切ることは,いかなる政府も拒否してはならない国家政策である」旨主張した。
(イ)G77+中国首脳会合サミットの最終宣言における亜の立場支持
15日,ボリビアのサンタクルスにて開催されたG77+中国首脳会合サミットの最終宣言には,「我々は,マルビナス諸島の主権にかかる紛争が可能な限り迅速に解決に至るように,国連憲章と国連総会の関連諸決議の原則と目的に従い,亜英両国が交渉を再開する必要性を再確認する」との文言が含まれ,同日付亜大統領府及び外務省の各プレスリリースは,マルビナス諸島領有権問題について同サミットで満場一致の支持が得られた旨発表した。
(ウ)「マルビナス諸島問題」に関する小委員会設置
9日,ウルグアイにて,メルコスール議会は,全員一致で「マルビナス諸島問題」に関する小委員会の設置を承認した。
(エ)本の発表
9日,ティメルマン外務大臣は,英国とのフォークランド(マルビナス)諸島領有権問題を巡る決議や,亜の主張を支持する国際宣言をまとめた本を発表した。
(オ)国連脱植民地化委員会
24日〜26日にかけて米国にて開催された国連脱植民地化委員会に出席したティメルマン外務大臣は,フォークランド(マルビナス)諸島領有権を巡り,国連決議を遵守し,英国と外交的交渉を行う亜政府の意思を確認した。また,英国代表が同委員会会合に欠席したことに対し「遺憾」の意を表すると同時に,演説において,亜政府は,同諸島住民を尊重するが,同諸島で行われた住民投票は,同諸島の住民が,新植民地時代に,英国政府により「入植」させられた者である以上,受け入れることはできないと主張した。
(5)イラン
(ア)AMIA(亜イスラエル共済組合)会館爆破事件解決に向けた亜・イラン二国間覚書を巡る裁判
26日,ブエノスアイレス州裁判所は,1994年のAMIA会館爆破事件解決に向けた亜・イラン二国間覚書は違憲であるとした判決に対する政府からの上訴を認めた。
(イ)反政府派からの上下両院調査委員会設置を提案する法案提出
5日,反政府派中道左派の国会議員は,AMIA会館爆破事件解決に向けた上下両院調査委員会設置を提案する法案を提出した。今次法案提出は,3月にフェルナンデス大統領が,右覚書を巡るイランとの交渉が停滞している現状を認め,反政府派に対しても良い解決策があれば提案するよう呼びかけたことに応じるものと見られている。
(ウ)マクリ・ブエノスアイレス市長のイスラエル訪問
17日〜19日にかけてイスラエルを訪問したマクリ・ブエノスアイレス市長は,17日にローセン米国ユダヤ人議会代表との夕食会,18日に国際市長会合に出席した。同会合にて,15分間,ネタニヤフ・イスラエル首相と会談したマクリ市長は,亜イスラエル共済組合(AMIA)会館爆破事件解決に向けた亜・イラン二国間覚書を拒絶する姿勢を表明し,右表明に対し,ネタニヤフ首相は「満足」の意を表した。
(6)スペイン
(ア)ラホイ西首相訪亜に向けた準備
13日,へスス・マヌエル・グラシア・アルダス西国際協力イベロアメリカ長官が,7月に予定されていたラホイ西首相の訪亜日程詳細について協議する目的で亜を訪問した。また,同訪亜日程の最終調整の為,ティメルマン外務大臣が,7月1日にマドリードを訪問する予定であったが,27日,亜外務省は,「ホールドアウト(残存債務)訴訟問題を巡る内政対応の為」,ティメルマン外務大臣の訪問を中止する旨西政府に伝達した。右を受け,ラホイ西首相の訪亜は中止された。
(イ)ファン・カルロス1世退位
2日,フェルナンデス大統領は,西国王ファン・カルロス1世の退位に際し,書簡を送付した。同書簡において,フェルナンデス大統領は,ファン・カルロス1世在位中の良好な西亜二国間関係の歴史について振り返り,「ラテンアメリカからある友人が遠ざかっていく。そして,スペインと我が国の間の歴史に残る特別な関係が幕を閉じる」旨述べた。
(7)ロシア
27日,プーチン露大統領は,モスクワで開催されたテタマンティ駐露亜大使を含む各国大使14名の信任状捧呈式の際に,「亜は,露にとってラテンアメリカの鍵となるパートナー国の1つである」と述べ,ブラジルでのBRICS会合開催の直前の7月12日に訪亜予定であると発表した。(実際に7月12日〜13日に同大統領は亜を訪問した。)
(8)ウルグアイ
ウルグアイ政府が,UPM社(旧ボトゥニア社)のパルプ工場の生産量増加を新たに許可したことに伴い,13日,ティメルマン外務大臣は,アルマグロ・ウルグアイ外務大臣に対し,今次ウルグアイ政府によるUPM社の生産量増加決定は,「非友好的な態度」であるとし,亜政府は本件に関し国際司法裁判所に提訴するだろうと記した書簡を発出した。右に対し,14日,アルマグロ・ウルグアイ外務大臣は,「UPM社の生産増加許可が,我々(ウルグアイ政府)の国際社会における義務不履行もしくは,亜・ウルグアイ間の二国間協議システムの一方的な断絶にあたるというのは根拠のないことである。非友好的な態度を示しているのは,むしろ亜政府のほうである」旨記した返簡を発出した。
(9)米国
米国議会が編集し,21日に米国務省が発表した世界の人身売買をめぐる報告書によると,亜は,人身売買の発生・中継地となっており,成人の男女及び子供が,性目的の人身売買や強制労働の被害に遭っている,としている。更に亜では,パラグアイ及びドミニカ共和国の女性及び子供が性目的の人身売買の被害者となっているとしている。亜の現状は4段階評価中のレベル2(改善に向けた努力は見られるものの,未だ目的を達成できていない状態)と判定された。
(10)コロンビア
16日,亜外務省は,コロンビア大統領選挙でのサントス・コロンビア大統領の再選に対し祝意を表明するプレス・リリースを発出した。
(11)防衛及び天然資源に関するセミナー
9日〜11日にかけて,ブエノスアイレス市にて防衛及び天然資源に関するセミナーが開催され,ラトゥール・スリナム国防大臣,ロドリゲスUNASUR事務局長を始め,チリ,ボリビア,パラグアイ,ウルグアイ,スリナム,ペルー,ベネズエラ,エクアドルの国防次官が出席した。同セミナーにて,ロッシ国防大臣は,地政学を考慮した上での天然資源の保護を含む地域の防衛政策に関する分析を行った。
(11)要人往来
(ア) 往訪
1日 |
ブドゥー副大統領のエルサルバドル訪問(サルバドール・サンチェス大統領の就任式出席) |
2日 |
バラニャオ科学技術大臣のデンマーク訪問 |
2日 |
バラニャオ科学技術大臣のスウェーデン訪問 |
2日 |
ジョルジ産業大臣のブラジル訪問 |
3日 |
ロッシ国防大臣のスペイン訪問 |
5日 |
ロッシ国防大臣のキプロス訪問 |
4日〜5日 |
バラニャオ科学技術大臣のノルウェー訪問 |
4日〜5日 |
ティメルマン外務大臣のパラグアイ訪問(第44回米州機構(OAS)総会出席) |
11日 |
ロッシ国防大臣のパラグアイ訪問 |
11日 |
デビード公共事業大臣のパラグアイ訪問 |
11日 |
ペレス・メンドーサ州知事の英国訪問 |
14日〜15日 |
フェルナンデス大統領及びティメルマン外務大臣のボリビア訪問(G77+中国首脳会合出席) |
16日〜18日 |
ロッシ国防大臣のメキシコ訪問 |
16日 |
メイヤー観光大臣のロシア訪問(持続可能な観光促進の為メガイベントに関する大臣会合出席) |
17日〜19日 |
マクリ・ブエノスアイレス市長のイスラエル訪問 |
21日 |
アラク司法大臣のロシア訪問 |
24日〜25日 |
ドミンゲス下院議長のロシア訪問 |
25日 |
キシロフ経済・財政大臣の米国訪問 |
24日〜26日 |
ティメルマン外務大臣の米国訪問(国連脱植民地化委員会出席) |
26日 |
ロッシ国防大臣のウルグアイ訪問 |
26日〜7月1日 |
ランダッソ内務・運輸大臣のスペイン訪問 |
26日〜29日 |
ブドゥー副大統領のキューバ訪問 |
30日〜7月1日 |
ブドゥー副大統領のパナマ訪問 |
(イ)来訪
(以下の日程で下記要人が当地で会談等を実施したとの情報あり)
2日 |
ベアード・カナダ外務大臣 |
3日 |
カルモナ・トリニダード・トバゴ大統領 |
10日 |
張志軍中国外交部副部長 |
13日〜14日 |
グラシア・アルダス西国際協力イベロアメリカ長官 |
13日〜14日 |
タハニ欧州委員会副委員長,企業・産業委員 |
16日 |
Hu Cunzhi中国国土資源部副部長 |
17日 |
チュエント・カメルーン科学技術大臣 |
30日 |
ロペス・モレイラ・パラグアイ及びロイサガ・パラグアイ外務大臣 |
(注)チコーネ事件(副大統領訴追に至るまでの経緯)
(1)チコーネ事件から尋問までの経緯
(ア)チコーネ社破綻から国有化まで経緯
2010年7月,亜最大の民間印刷会社「チコーネ・カルコグラフィカ社」(紙幣,国債などの印刷を行っていた。以降,「チコーネ社」)に対し,連邦歳入庁(AFIP)が同社の社会保障費の未納が多額に上るとして,破産手続き開始を裁判所に申請した。
同年8月,投資ファンド「The Old Fund社」のバンデンブロエレ(Vandenbroele)代表が,チコーネ社の再建を申し立て,9月に同社を買収して再建手続きのための保証金約230万ペソ(報道によっては180万ペソ)を裁判所に支払った。同月,AFIPはチコーネ社の破産申請を取り下げ,さらに11月にその債務返済について,低利子で長期の返済期間を認めるという,同社にとって極めて有利となる異例の返済計画を承認した。
同年12月にはチコーネ社は印刷会社としての操業を再開し,2011年7月,同社は「南米証券会社(Compania de Valores Sudamericanas)」と改名した。2012年8月,南米証券会社は政府により国有化され,経済省の管轄下に置かれた。
(イ)チコーネ事件(汚職疑惑)の経緯
今回のブドゥー副大統領の汚職疑惑は,2012年2月,「The Old Fund社」の代表であるバンデンブロエレ氏とその元妻との間の離婚調停から始まった。そこで,元妻が,(2010年のチコーネ社の買収時に)ブドゥー経済大臣(当時)がバンデンブロエレ氏の名義を使って買収した,と発言し,連邦検事が捜査を開始した。
同年4月に,ブエノスアイレス市内のプエルトマデロ地区にあるブドゥー副大統領名義のマンションの一室から,バンデンブロエレ氏の名前でそこの共益費とケーブルテレビの代金が支払われている領収書が見つかった。同室は賃貸に出されているが,名義上賃借人とされている人物は数年前にスペインに移住しており,そのためバンデンブロエレ氏が同室に居住し,またブドゥー副大統領と直接の交友関係があり,バンデンブロエレ氏の元妻の発言を裏付ける証拠になり得ると,と検事が判断した。その後,チコーネ事件に関わったとされる関係者の尋問の要請が検事から裁判所に行われ続け,今年6月10日,裁判所でのブドゥー副大統領の尋問に至った。
(2)9日の尋問の様子
尋問は,連邦裁判所のリホ判事によって行われ,約8時間行われたと報じられている。ブドゥー副大統領には,職権乱用とマネーロンダリングの2点の容疑がかけられた。
職権乱用については,ブドゥー副大統領は「The Old Fund社」の代表のバンデンブロエレ氏と友人であり,経済大臣であった地位を利用し,AFIP(エチェガライ長官)にチコーネ社の破産手続きの申請を取り下げるよう求めたとされている。また,「The Old Fund社」の所有に移ったチコーネ社にとって有利となる異例の債務返済措置をAFIPが承認するよう求め,不正に便宜を図ったということである。
マネーロンダリングについては,2010年9月のチコーネ社の買収時に,The Old Fund社をブドゥー経済大臣(当時)が出所不明の資金で支援し,マネーロンダリングを行ったとの容疑である。The Old Fund社は買収及び再建に際して約230万ペソ(報道によっては180万ペソ)の保証金を支払ったが,当時同社にはそれだけの経済力はなかったと見られている。
ブドゥー副大統領は,まず,チコーネ社の再建において職権乱用があったことを否定し,The Old Fund社がチコーネ社の再建に関わっていることを知らない,また同社代表であるバンデンブロエレ氏についても知り合いではないと答えた。(経済大臣として)チコーネ社の再建計画に署名をしたことは認めつつも,実際の再建計画の内容(債務返済を有利にする措置等)についてはAFIPのエチェガライ長官の責任であると発言した。
また,The Old Fund社がチコーネ社の買収及び再建のために約230万ペソの保証金を支払う経済力がなかったことで,ブドゥー副大統領が出資した,あるいは他者に出資するよう働きかけたことについても,自らは関与していない旨発言した。ブドゥー副大統領は,資金の出所を把握しているのは,The Old Fund社への支援銀行家であり,自分ではないと述べた。